SYSTEM CASE STUDY 02
データ駆動型触媒設計システム 活用例
有機合成の難題である複雑な反応の制御へ
複数の位置・立体異性体が生成する複雑な不斉触媒反応を対象として、反応中間体の三次元構造と複数の選択性を機械学習によって関連付けます。それぞれの選択性を支配する空間領域を共通の反応中間体上に可視化し、複数の選択性の制御を実現します。所望の異性体すべてにアクセス可能にする触媒の設計につなげた解析例を紹介します。
※本活用事例は、公開された学術論文の研究成果を題材として、本システムの機能と解析の流れを紹介するものです。
01 | 背景
一般的な不斉触媒反応では、一つの不斉中心を制御し、二つのエナンチオマーの一方を選択的に得ます。一方、複数の不斉中心を同時に構築し、生成し得る立体異性体を作り分ける合成法は、立体分岐型不斉合成と呼ばれます。

立体分岐型不斉合成では、二つの不斉中心に由来するエナンチオ選択性やジアステレオ選択性など、少なくとも四つの選択性を制御する必要があります。そのため、通常の不斉触媒反応よりも触媒最適化が複雑であり、有機合成における難題の一つとされています。
本活用事例では、東京大学、北海道大学および理化学研究所の研究グループにより報告された、イリジウム触媒とホウ素触媒を組み合わせたカルボン酸α位の立体分岐型不斉アリル化反応を題材とします。 この反応では、目的とする立体異性体を作り分けるため、二種類のホウ素触媒のそれぞれについてイリジウム触媒を最適化し、ジアステレオ選択性と位置選択性を制御する必要があります。

原著研究では、これら計四つの選択性に共通して関与するイリジウムπ-アリル中間体の三次元構造からボクセル記述子を算出し、それぞれの選択性との関係を分子場解析によって評価しました(下図)。得られた可視化情報に基づいて触媒構造を設計することで、複数の選択性の制御が実現されています。

本ページでは、この学術研究で報告されたデータ解析を題材として、本システムを用いた複数の選択性の解析と、触媒設計への展開を紹介します。
02 | データセット
原著論文では、二種類の基質と16種類のイリジウム触媒を用いた32反応に対して、絶対立体配置の異なる二種類のホウ素触媒をそれぞれ組み合わせ、合計64反応のデータが収集されています。
さらに各反応について、以下の二種類の選択性が解析対象となります。
ジアステレオ選択性:二つの目的ジアステレオマーの生成比
位置選択性:目的とする分岐型生成物と、位置異性体である直鎖型生成物との生成比
このように「二種類のホウ素触媒 × 二種類の選択性」からなる四つの選択性に対して、各32サンプルが収集されています(上図)。それぞれについて、回帰分析を行い、四つの回帰モデルを作成します。
これらの原著論文のデータを用いて、本システムによる解析の流れを紹介します。データは以下よりダウンロードできます。
03 | システムを用いた解析
前節の反応データおよびイリジウムπ-アリル中間体の三次元構造を用いて、本システム上で解析を行いました。作成する四つの回帰モデルをもとに、中間体上のどの空間領域が、各選択性の向上または低下に関係しているかを可視化し、四つの選択性の同時制御を実現する触媒二種を設計します。
構造の重ね合わせ、ボクセル記述子の生成および回帰分析は、活用例01と同様の手順で行います。各操作の詳細については、活用例01「反応中間体を用いた不斉触媒反応における機械学習・分子設計」をご参照ください。Settings画面およびMolecular Field画面では設定のみ示します。
1. 標準座標系および格子空間サイズの決定(Settings画面)
標準座標系の決定に必要な情報および格子空間のサイズは以下となります。

・基準分子:L1Et.xyz
・Origin (原点を定める原子):アリル中央炭素。画面では2を入力。
・XY Plane (xy平面を定める原子):πアリル中心の炭素および水素原子を含む7つの原子。画面では1 2 3 4 5 6 7を入力。
・X Axis (x軸の方向を定める原子):アリル中央水素。画面では5を入力。
・格子空間のサイズ:10 × 12 × 6
2. 分子場の計算(Molecular Field画面)

重ね合わせに使用する原子は以下となります。
・重ね合わせに使用する原子:πアリル中心の炭素および水素原子を含む7つの原子。画面では1 2 3 4 5 6 7を入力。
3. 機械学習(Regression画面に対応)
上記で計算したボクセルデータと各選択性(32サンプル四セット)を目的変数とする回帰分析を行い、四つの回帰モデルを作成しました。今回はLASSO回帰を用いています(alpha valueを1として回帰を実行)。
回帰分析実行後の、四つのモデルについての実測値–予測値プロットと評価指標は以下になります。横軸が実測値です。
S型B触媒 | 位置選択性

S型B触媒 | ジアステレオ選択性

R型B触媒 | 位置選択性

R型B触媒 | ジアステレオ選択性

4. 可視化と触媒設計(Visualization画面)
構築した各回帰モデルについて、選択性への寄与が大きい空間領域を、イリジウムπ-アリル中間体の三次元構造上に可視化しました。可視化結果から、配位子の置換基によって占有することで選択性の向上が期待される領域を確認できます。
今回解析対象とした、四つの選択性にとって重要な領域の可視化結果を比較し、二種類の目的生成物(各ジアステレオマー)それぞれに対して、ジアステレオ選択性と位置選択性を同時に向上させる配位子構造を検討しました。
下図では、各パネルの左側が設計前、右側が設計後の配位子を持つ中間体です。重要領域に重なる(水色の点が青い点になる)ようにイリジウム触媒の配位子を設計することで、各選択性の予測値が設計前の分子に比べ向上していることが分かります。
S型B触媒 | 位置選択性

S型B触媒 | ジアステレオ選択性

R型B触媒 | 位置選択性

R型B触媒 | ジアステレオ選択性

図の見方と設計判断
左:設計前、右:設計後
水色の点は、配位子によって占有することで選択性の向上が期待される空間領域を示します。占有されると青色の点となります。
本システムは、未学習領域にある触媒の選択性を定量的に外挿予測することを目的とするものではなく、可視化された重要領域に基づいて、配位子をどのように改変すべきかを示す設計支援ツールです。したがって、設計後の配位子が選択性向上に寄与する領域を新たに占有し、モデル上の予測値が望ましい方向へ変化していれば、その変化量が小さい場合でも、設計方向は妥当であると判断します。
設計した触媒を用いた実験では、各ジアステレオマーに非常に高い選択性でアクセスできることが報告されています(下図)。

この結果は、本システムの高い解釈性を活かすことで、複数の選択性が関与する複雑な不斉触媒反応の触媒設計へ展開できることを示しています。
04 | まとめ
イリジウムπ-アリル中間体の三次元構造をボクセル記述子へ変換し、二種類のジアステレオマーに対するジアステレオ選択性および位置選択性との関係を機械学習によって解析することで、計四つの選択性に関係する空間領域を可視化しました。
可視化した情報に基づいて、各目的生成物に適したイリジウム触媒を設計した結果、いずれについてもジアステレオ選択性は20:1以上、位置選択性は50:1以上に達したことが報告されています。
本解析は、その解釈性の高さから、人間の直感のみでは制御が困難な、立体分岐型不斉合成のような複雑な触媒反応の分子設計へシステムを展開できることを示しています。
05 | 参考文献・データ出典
本活用事例で使用した反応データ、分子構造および設計結果は、以下の原著論文および公開情報に基づいています。
- H. Chen, S. Yamaguchi*, Y. Morita, H. Nakao, X. Zhai, Y. Shimizu, H. Mitsunuma*, M. Kanai*, “Data-Driven Catalyst Optimization for Stereodivergent Asymmetric Synthesis by Iridium/Boron Hybrid Catalysis” Cell Rep. Phys. Sci., 2021, 2, 100679. DOI: https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2021.100679
- 理化学研究所プレスリリース
「有機合成の難題である複雑な反応の機械学習・データ駆動型触媒設計による制御」(2021年12月9日)
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