SYSTEM CASE STUDY 03
データ駆動型触媒設計システム活用例
高活性・高分子量化を実現する複数素反応の解析
オレフィン重合では、触媒活性を高めるとともに、生成するポリマーの分子量を制御する必要があります。モノマー挿入および連鎖移動に対応する遷移状態の三次元構造と、DFT計算により得られた自由エネルギーを機械学習によって関連付けます。それぞれの素反応を支配する空間領域を可視化し、高分子鎖成長を促進しながら連鎖移動を抑制する触媒設計につなげた解析例を紹介します。
※本活用事例は、公開された学術論文の研究成果を題材として、本システムの機能と解析の流れを紹介するものです。
01 | 背景
オレフィン重合触媒には、高い触媒活性だけでなく、生成するポリマーの分子量や共重合性など、複数の性能を制御することが求められます。これらの性能は複数の素反応によって決まるため、触媒構造の変化がそれぞれの素反応に与える影響を理解し、設計へ反映することは容易ではありません。
触媒活性の向上には、モノマー挿入によるポリマー鎖成長を促進する必要があります。一方、高い重合度を持つポリマーを得るためには、β水素移動などの副反応(連鎖移動反応)を抑制しなければなりません。触媒構造の変化が、成長反応と連鎖移動反応に異なる影響を与える可能性があるため、両者を両立する触媒の最適化は簡単ではありません。
本活用事例では、Catal. Sci. Technol誌に報告された、オレフィン重合反応におけるハーフチタノセン触媒のデータ駆動型設計を題材とします。
原著論文では、触媒活性に関係するエチレン挿入の活性化自由エネルギーと、ポリマー分子量に関係するエチレン挿入とβ水素移動の活性化自由エネルギー差をDFT計算によって求めました(下図: R=H)。ポリマー鎖としてプロピル基を用いています。

各反応に対応する遷移状態の三次元構造からボクセル記述子を算出し、それぞれの自由エネルギーとの関係を機械学習によって解析しています。得られた可視化情報から、エチレン挿入を促進しながらβ-水素移動を抑制するための触媒設計指針を抽出し、ホスフィンイミド型ハーフチタノセン触媒の設計へ展開しました。
本ページでは、この学術研究で報告された計算データと触媒設計を題材として、本システムを用いた素反応の活性化自由エネルギーの解析と、触媒活性およびポリマー分子量を両立する分子設計の流れを紹介します。
02 | データセット
原著論文では、二種類のハーフチタノセン触媒骨格(ホスフィンイミド型およびCGC型)を対象として、置換基の異なる計35種類の触媒構造が検討されています。

各触媒について、ポリマー鎖としてプロピル基を用い、エチレン挿入およびβ-水素移動に対応する遷移状態構造・エネルギーがDFT計算によって収集されています。触媒構造が取り得る複数の配座を、それぞれ独立した学習サンプルとして扱っています。
本解析では、以下の二種類の自由エネルギーを主な目的変数とします(前節の図を参照)。
エチレン挿入の活性化自由エネルギー(∆G‡):値が小さいほど、エチレン挿入が進行しやすくなり、触媒活性の向上が期待されます。
エチレン挿入とβ水素移動の自由エネルギー差(∆∆G‡):値が大きいほどβ-水素移動が抑制され、高い分子量を持つポリマーの生成が期待されます。
エチレン挿入、β-水素移動のサンプル数は、それぞれ70サンプルおよび80サンプルです。各遷移状態の三次元構造からボクセル記述子を算出し、対応する自由エネルギーとの関係を機械学習により解析します。
原著論文では、上記に加えて、共重合性の制御に向けた予備的な検討として、プロピレン挿入の活性化自由エネルギーについても70サンプルが収集されています。解析用データ(遷移状態のxyzファイルおよび目的変数のテキストファイル)は原著論文のSIからダウンロード可能です。
03 | システムを用いた解析
前節で示したデータを用いて、本システム上で解析を行いました。
構造の重ね合わせ、ボクセル記述子の生成および回帰分析は、活用例01と同様の手順で行います。各操作の詳細については、活用例01「反応中間体を用いた不斉触媒反応における機械学習・分子設計」をご参照ください。以下では、本解析に固有の設定と解析結果を示します。
1. 標準座標系および格子空間サイズの決定(Settings画面)
エチレン挿入とβ-水素移動では遷移状態構造が異なるため、それぞれについて標準座標系と格子空間を設定します。

・基準分子:1c1.xyz(ファイルの名称はエチレン挿入、β-水素移動で共通)
・Origin (原点を定める原子):Cp環炭素。画面の、エチレン挿入の解析では6を入力。(β-水素移動の解析では7)
・XY Plane (xy平面を定める原子):Cp環炭素5原子。画面の、エチレン挿入の解析では6 7 8 9 10を入力。(β-水素移動の解析では7 8 9 10 11)
・X Axis (x軸の方向を定める原子):Ti中心。画面では1を入力(エチレン挿入、β-水素移動で共通)。
・格子空間のサイズ:8 × 8 × 8 (エチレン挿入)、12 × 12 × 12(β-水素移動)
さらに今回はOffset Settingsのところに数値(-1 0 3)を入力します。
これは上記で指定した原点を移動する操作に対応し、反応にとって重要な構造が中心となるように調整しています。
2. 分子場の計算(Molecular Field画面)

重ね合わせに使用する原子は以下となります。
・エチレン挿入において重ね合わせに使用する原子:Ti, エチレン炭素およびポリマー鎖の二炭素を含む5つの原子。画面では1 2 3 4 5を入力(上図)。
・β-水素移動において重ね合わせに使用する原子:Ti, エチレン炭素およびポリマー鎖の三炭素を含む6つの原子。画面では1 2 3 4 5 6を入力。
重ね合わせ後、Executeボタンを押すことで、各遷移状態構造をボクセル記述子へ変換します。
今回は原著論文とは異なり、ボクセル化の際にTi中心は考慮していません。
3. 機械学習(Regression画面に対応)
エチレン挿入の活性化自由エネルギー(∆G‡)およびエチレン挿入とβ-水素移動の自由エネルギー差(∆∆G‡)の二つの目的変数について、それぞれエチレン挿入の遷移状態およびβ-水素移動の遷移状態から計算したボクセルデータとの回帰分析を行います。今回はLASSO回帰を用いています(alpha valueを1として回帰を実行)。
回帰分析実行後の、それぞれのモデルについての実測値–予測値プロットと評価指標は以下になります。横軸が実測値(DFT計算による計算値)です。
エチレン挿入 | 触媒活性

β-水素移動 | ポリマー分子量

4. 可視化と触媒設計(Visualization画面)
構築した各回帰モデルについて、自由エネルギーへの寄与が大きい空間領域を、対応する遷移状態の三次元構造上に可視化しました(下図)。
エチレン挿入 | 触媒活性

β-水素移動 | ポリマー分子量

エチレン挿入の解析では、Cp環への置換基の導入によって活性化自由エネルギーが低下し、鎖成長の促進が期待される領域を確認できます(回帰係数および相関係数の閾値をそれぞれ0.01および0.4で可視化)。クロスカップリングによる還元的脱離のように、立体障害で挿入反応が促進される可能性が原著論文で示唆されています。さらにホスフィン部位は置換基が嵩高いことで活性化エネルギーが増加(触媒活性が低下)していることが示唆される領域も確認できました。
一方、β-水素移動との自由エネルギー差の解析では、立体的に占有することで連鎖移動を抑制し、ポリマー分子量の向上が期待される領域をCp環上に確認できます(回帰係数および相関係数の閾値をそれぞれ0.01および0.3で可視化)。
可視化結果から、Cp環上へ立体的に大きな置換基を導入することで、β-水素移動を抑制しながらエチレン挿入を促進できることが示されました。一方、ホスフィン部位の過度に大きな置換基は、モノマー挿入を妨げる可能性が示されました。
そこで、ホスフィンイミド型触媒1を設計の基準とし、Cp環上へtert-ブチル基を導入するとともに、ホスフィン部位のtert-ブチル基をイソプロピル基へ置換した触媒1Dを設計しました(上図)。
設計触媒1Dでは、エチレン挿入の活性化自由エネルギーが6.9 kcal/molから6.1 kcal/molへ低下し、エチレン挿入とβ-水素移動の自由エネルギー差は9.7 kcal/molから12.6 kcal/molへ増加することが報告されています。計算上、ポリマー鎖成長の促進と連鎖移動の抑制を両立する結果が得られています。
また、既報の実験データでは、触媒1Dは設計の基準とした触媒1と比較して、エチレン重合における触媒活性と生成ポリマーの分子量の双方が向上しています。
原著論文では、上記に加えて、共重合性の制御に向けた予備的検討として、プロピレン挿入の活性化自由エネルギーについても同様の解析・設計を行い、その性能の向上を計算により確認しています。
04 | まとめ
エチレン挿入およびβ-水素移動に対応する遷移状態の三次元構造をボクセル記述子へ変換し、対応する活性化自由エネルギーとの関係を機械学習によって解析することで、ポリマー鎖成長の促進と連鎖移動の抑制に寄与する空間領域を可視化しました。
可視化された情報に基づいてホスフィンイミド型触媒1Dを設計した結果、エチレン挿入の活性化自由エネルギーは6.9 kcal/molから6.1 kcal/molへ低下し、エチレン挿入とβ-水素移動の自由エネルギー差は9.7 kcal/molから12.6 kcal/molへ増加することが報告されています。既報の実験データにおいても、設計触媒では触媒活性と生成ポリマーの分子量の双方が向上しています。
触媒活性を左右する成長反応などの素反応について、活性化自由エネルギーを実験的に収集することは一般に困難です。本解析では、遷移状態計算によって得られた活性化自由エネルギーを用い、データ駆動型設計により触媒活性を制御しています。これまで収集が容易ではなかった活性化自由エネルギーを設計指標として利用できることは、本システムの分子触媒設計への汎用性を示しています。
さらに、単一の素反応にとどまらず、複数の素反応を解析することで、触媒活性とポリマー分子量を両立する重合触媒設計にも展開できます。
05 | 参考文献・データ出典
本活用事例で使用した反応データ、分子構造および設計結果は、以下の原著論文および公開情報に基づいています。
- S. Yamaguchi*, T. Kikuchi, K. Tanaka, I. Takamiya, “Molecular Field Analysis in Half-Titanocene Complexes: Computational Study towards Data-Driven In Silico Optimization of Single-Site Olefin Polymerization Catalysts” Catal. Sci. Technol. 2024, 14, 2434–2440. DOI: https://doi.org/10.1039/D4CY00241E
データ駆動型触媒設計システム導入について
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本システムは、理化学研究所の特許技術について、同研究所との実施許諾契約に基づき、Molecular Catalyst Design株式会社が提供しています。
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