SYSTEM CASE STUDY 04

データ駆動型触媒設計システム 活用例

異なる反応系のデータを統合し、少数データから触媒設計へ

新しい触媒反応の開発初期には、利用できるデータが限られています。本活用事例では、共通する反応中心を持つ異なる触媒反応系の遷移状態を重ね合わせ、三次元構造をボクセル記述子へ変換することで、既存の関連反応データと設計対象の少数データを統合します。蓄積データから設計対象に有用な空間情報を抽出し、触媒設計へ展開する解析例を紹介します。

※本活用事例は、公開された学術論文の研究成果を題材として、本システムの機能と解析の流れを紹介するものです。

01 | 背景

物理有機化学に基づくデータ解析では一般に、共通の触媒・基質骨格に対して置換基をスクリーニングすることで、構造と反応性の関係を解析します。こうした解析は個々の反応系の中で完結しやすく、得られたデータや設計知を、異なる触媒骨格や反応系へ再利用しにくいという課題があります。

異なる触媒反応系を横断してデータを蓄積・再利用できれば、新しい触媒反応の開発初期にも、既存の関連反応データを活用できます。対象反応の少数データと統合することで、単独では得にくい触媒設計指針を抽出できる可能性があります。さらに、設計過程で得られたデータをデータベースへ蓄積すれば、次の設計に再利用され、データが継続的に拡張されます(下図)。本ページでは、このようなデータの蓄積・再利用が可能となることを「データの資源化」と呼びます。

本活用事例では、データ資源化の鍵となる、異種反応データ統合に基づく触媒設計を対象とします。J. Org. Chem.誌に報告された、不斉触媒反応における遷移状態データの統合研究を題材とします。

原著論文では、遷移金属触媒系および有機触媒系を含む七つの触媒反応について、同一計算条件のもと、718組の各エナンチオマーに通じる遷移状態の構造と自由エネルギー差(∆∆G)を収集しています。この自由エネルギー差は、エナンチオ選択性に対応する計算値です。異なる反応系の遷移状態を共通の反応中心に基づいて重ね合わせ、三次元構造から算出したボクセル記述子を用いることで、触媒骨格や金属中心の異なるデータを同一の回帰モデルで解析しました。

本ページでは、上図に示すニッケル触媒系R1の210サンプルを周辺反応データ、ルテニウム触媒系R3の6サンプルを設計対象データとした統合解析を、代表例として紹介します。R1のデータとR3の少数データを統合することで、R3単独の解析では得られなかった空間情報を抽出・可視化し、計算上のエナンチオ選択性が向上する触媒の設計へ展開しています。

以下では、データの取得から統合解析、触媒設計までの流れを順に紹介します。

02 | データセット

データベースからのデータ取得

R1およびR3のデータは、本システムの遷移状態データベースに収録されています。触媒および反応に関する条件を指定して各反応系を下記のように検索します。

R1の検索条件
Catalyst
Type : Metal Complex
Metal : Ni
Chiral ligand / Catalyst : Diamine
Reaction
Type : Michael addition
Elementary Reaction : Nucleophilic addition
Substrate : Nitroalkene

R3の検索条件
Catalyst
Type : Metal Complex
Metal : Ru
Chiral ligand / Catalyst : Diamine
Reaction
Type : Michael addition
Elementary Reaction : Nucleophilic addition
Substrate : Nitroalkene

今回はエナンチオマーのminor生成物につながる遷移状態構造から記述子であるボクセルデータを計算するため、右下の歯車ボタンを押して出現するポップアップ中の、Transition State Geometryのmajorのチェックボタンを外し、minor側のみにチェックがついてる状態にします。その後、Downloadを押すことで、解析に必要な遷移状態構造のxyzファイルおよび対応するエナンチオ選択性の計算値(∆∆G)のテキストファイルをダウンロードできます。

それぞれの検索結果には、原著論文の訓練データに加えて、解析後に設計された触媒のデータも含まれます。本活用事例では、R1およびR3の検索結果を一旦すべてダウンロードし、触媒設計アプリ上で解析目的に応じて使用するサンプルを選択します。

統合解析に使用するデータ

ダウンロードしたR1のデータのうち210サンプルを、周辺反応データとして使用します。

R3については6サンプルを、データの少ない開発初期を想定した設計対象データとして選択します。残りのデータは統合モデルの学習には使用しません。

本活用事例では、以下の216サンプルを統合して回帰モデルを構築します。

・周辺反応データR1:R1TS1minor.xyz~R1TS210minor.xyz(210サンプル)
・設計対象反応データR3:R3TS1minor.xyz~R3TS6minor.xyz(6サンプル)

異なる金属中心と触媒骨格を持つ二つの反応系について、遷移状態構造を共通の反応中心に基づいて重ね合わせ、三次元構造からボクセル記述子を算出します。得られた記述子と∆∆Gとの関係を解析し、少数のR3データのみでは得られない触媒設計指針の抽出を目指します。

03 | システムを用いた解析

前節でデータベースから取得したR1およびR3の遷移状態データを用いて、本システム上で統合解析を行います。

構造の重ね合わせ、ボクセル記述子の生成および回帰分析は、活用例01と同様の手順で行います。各操作の詳細については、活用例01「反応中間体を用いた不斉触媒反応における機械学習・分子設計」をご参照ください。以下では、本解析に固有の入力条件と解析結果を示します。

1. 標準座標系および格子空間サイズの決定(Settings画面)

R1R3では、触媒骨格および金属中心が異なります。一方、いずれもマロン酸エステル由来のエノラートがニトロアルケンへ付加する反応であり、共通する反応中心を基準として遷移状態構造を重ね合わせることができます。設定内容は以下のとおりです。

基準分子:R1TS1minor.xyz
Origin 原点を定める原子):エノラートα炭素。画面では8を入力。
・XY Plane xy平面を定める原子):エノラート周りの5原子。画面では6 7 8 9 10を入力。
・X Axis (x軸の方向を定める原子):エノラートα水素。画面では35を入力。
格子空間のサイズ:8 × 8 × 8 Å3

2. 分子場の計算(Molecular Field画面)

R1およびR3の遷移状態構造を、両反応に共通するエノラート部位の五原子に基づいて重ね合わせます。異なる触媒骨格や金属中心を持つ構造であっても、共通する反応中心を同一の座標系に配置することで、触媒および基質の三次元的な位置の違いを比較できます。

R1の210サンプルとR3の6サンプルからボクセル記述子を算出します。

訓練データ(Training Samples)は以下を読み込みます。
・周辺反応データ:R1TS1minor.xyz~R1TS210minor.xyz
・設計対象データ:R3TS1minor.xyz~R3TS6minor.xyz

設計した分子の遷移状態構造(Design Samples)として以下を読み込みます。
R3TS55minor.xyz~R3TS63minor.xyz

重ね合わせに使用する原子は以下となります。
・重ね合わせに使用する原子:エノラート周りの5原子。画面では6 7 8 9 10を入力。

重ね合わせ後、Executeボタンを押すことで、各遷移状態構造をボクセル記述子へ変換します。

3. 機械学習(Regression画面に対応)

R1の210サンプルとR3の6サンプルから算出したボクセル記述子と、対応する∆∆Gを目的変数として回帰分析を行います。

目的変数読み込み用のテキストファイルには、1列目に以下のサンプル名、2列目に∆∆Gの値を保存します。

・周辺反応データ:R1TS1minor.xyz~R1TS210minor.xyz
・設計対象データ:R3TS1minor.xyz~R3TS6minor.xyz

今回はLASSO回帰を使用し、alpha valueを1として解析を実行します。

構築された回帰モデルでは、図のような評価指標が得られました。横軸が実測値(∆∆Gの計算値)です。

4. 可視化と触媒設計(Visualization画面)

構築したモデルの回帰係数を、設計対象であるR3の遷移状態構造のひとつである、R3TS6minor上に可視化します。

R3TS6minorでは、ニトロアルケン部位の周辺に、分子構造が重なることで∆∆Gの低下に寄与する赤色の領域が可視化されます。この領域との重なりを避けるように触媒を設計することで、マイナー遷移状態を不安定化し、∆∆Gを増加させることが期待されます。

この空間情報は、周辺反応であるR1のデータに由来します。R1単独の解析では、ニトロアルケン周辺に同様の赤色領域が抽出されています。置換基の立体効果によってニトロアルケンがこの領域を占有することを避けられる場合、高い∆∆Gが得られる傾向が示されています(minor側TSで炭素-炭素結合生成が阻害)。R1と少数のR3データを統合することで、この情報がR3の遷移状態上にも抽出されました。

可視化された情報に基づき、Ru中心に配位するアレーン部位へメチレンを導入した触媒を設計しました(下図)。設計触媒を用いて計算した遷移状態構造R3TS55minorでは、ニトロアルケン部位と赤色領域との重なりが回避されています。また図のように回帰モデルによる予測とDFT計算の双方において∆∆Gが増加し、計算上のエナンチオ選択性が向上しました。

この結果は少数の対象反応データ(6サンプル)と、周辺データ(210サンプル)を組み合わせることで、対象反応において、計算機上のエナンチオ選択性が向上する触媒を設計できることを示しています。

なお、遷移状態計算に基づくデータ駆動型触媒設計は、計算機上での性能向上確認後、実験によりその性能を検証する必要があります。理化学研究所で行われた不斉触媒のデータ駆動型インシリコ設計では、遷移状態計算から抽出した設計指針に基づいて提案された触媒が実際に合成・評価され、エナンチオ選択性の向上が実験的に確認されています(下記リンク参照)。

理化学研究所プレスリリース
計算機上で収集したデータの機械学習による不斉触媒設計」(2022年2月7日)

04 | まとめ

本活用事例では、ニッケル触媒系R1の210サンプルと、設計対象であるルテニウム触媒系R3の6サンプルを統合し、R3単独の少数データからは得られない空間情報を抽出しました。得られた指針に基づいて触媒を設計した結果、回帰モデルによる予測とDFT計算の双方でエナンチオ選択性が向上しました。

この結果は、共通する反応中心を持つ既存の触媒反応データを、データの少ない新しい触媒系の設計に再利用できることを示しています。さらに、設計過程で得られたデータをデータベースへ追加することで、設計のたびにデータを蓄積・拡張し、次の触媒設計へ活用できます。

05 | 参考文献・データ出典

本活用事例で使用した反応データ、分子構造および設計結果は、以下の原著論文および公開情報に基づいています。

  • S. Yamaguchi*, “Computational Study on Data Integration in Chiral Catalyst Design: A Case Study Using Michael Addition Reactions” J. Org. Chem. 2025, 90, 17518–17527. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.5c02438


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